2025年4月1日火曜日

『社会主義』2025年4月号目次

 『社会主義』最新号目次です。一冊620円。紀伊國屋書店新宿本店で販売中。社会主義協会でも取り扱っています。

吉田進■参議院選挙を全力で戦い抜こう

        特集 通常国会前半の攻防と後半の課題,

北村巌■「半導体による国づくり」と成長戦略

藤岡一雄■「令和の日本列島改造」は実現可能か

鹿倉泰祐■石破内閣の社会保障政策を検証する

三島ひろ子■今度こそ「選択的夫婦別姓」を実現しよう

新垣毅■石破氏の政権運営 沖縄差別が鮮明に

 

猿田佐世■トランプ政権と日米同盟の行方

川村訓史■ドイツ連邦議会選挙結果から見えること

羽田圭二■都議選をめぐる情勢と政策課題

福間守■合併から20年の現状と課題

奥田裕二■定数闘争を粘り強く積み上げ組織率99%維持

瀬戸禎子■学校の働き方改革を「職場からの視点」で

新岡佑太■産別を超えた交流が職場を変える一歩に

■全国代表者会議開催される

2025年3月12日水曜日

旬報社刊向坂逸郎著作集(企画概要)

 *石河康国さんからの投稿です。趣旨に賛成ですので掲載します。『社会主義』『科学的社会主義』にも、本年6月号ぐらいで紹介が掲載されるとのことです。(管理人)


向坂逸郎著作集(企画概要)   20252

. デジタル書籍含む編纂の利点と特色

1,デジタル書籍とオンデマンドのペーパー本の二種類で刊行します。

ともに購入にあたっては全巻揃と、各巻ごとのいずれも可能です

2,体裁は、デジタル版、オンデマンド版ともに通常の書籍と同様に表紙・扉をデザインし、頁レイアウトにおいても本文、小見出し等も読みやすい書体とします。A5判縦組み、152字・19行、1500頁、全16巻を予定しています。

3,   デジタル版は、デジタル書籍特有の使い易さがあります。

➀各巻ごとに事項・人名などでの検索、目次からのジャンプなどが可能  

です。②ダウンロードしてパソコンに保存できますので、紙の本とちが

い保管場所をとりません。③パソコンに保存しておけば、自宅でも外出

先でも読むことができます。④必要部分をとりだしてプリント可能。

4,旧漢字、旧かな遣いについては、原則として引用文と人名・書誌名を除き現代漢字、かな遣いにあらためました。

5,原則として初出年月順としましたが、論文のテーマ、時代状況などを勘案しできるだけ巻ごとに特色が出るように編纂しました。

6,対談・座談会・講演ないしインタビューの筆記・翻訳・書簡はのぞき、紙誌ならびに単行本に発表された論稿のうち約8割を収録しました。

7,戦前の論文の伏字は、確定できるもののみ起こしました。

8.各巻に、論文ごとの解題を付しました。

 

. 巻別編成案

1巻  初期著作        19281930      

 ドイツ留学でマルクス主義を研鑽。帰国し九大に赴任。「価値と生産価格」「人口理論」など史的唯物論にたったマルクス経済学理解を示す。九大を追われ、世界初の『マルクス・エンゲルス全集』(改造社)編纂に携わりつつ、小泉信三批判などで論壇に登場。『労農』同人として堺利彦、山川均らにしたがい理論分野で協力。ほとんどが再録されていない論稿。

2巻  地代論論争関係・『レーニン伝』など 19311933  

 日本のマルクス経済学研究を本格化させた価値論争、地代論争に参加。高田保馬、河上肇らを縦横に批判し差額地代論では今日定説とされる理解を確立。『資本論』の諸論点とされた問題に明快な見解を示す論稿を収める。向坂はレーニンに注目しており、日本最初の本格的な「レーニン伝」も著す。地代論関係以外はほとんど再録されていない。

3 改造社『資本論体系』上(1932)、下1931) 

改造社『経済学全集』の一部として『資本論』第一巻と第三巻の概要をまとめたものであるが、価値論論争、地代論論争で扱われた諸論点についても網羅している。『資本論』に加えられた批判をふまえ、当時の『資本論』理解の最高レベルを示した。向坂最初の書下ろし単行本で、初の復刊である。

4巻 日本資本主義論争関係1、自由主義論関係など 19331935 

 日本マルクス主義の二大潮流である『労農』派と講座派の土台を定めた日本資本主義論争をリードした諸論稿。一方向坂は河合栄治郎や自由主義者を総合雑誌で辛辣に批評し多くの論争を呼んだ。また資本主義の全般的危機下に流行った「統制経済論」も意欲的に批評。資本主義論争以外はほとんど初の再録。

5巻 日本資本主義論争関係2、反ファシズム関係など19351942 

 資本主義論争は日本農業についての実証的な分析に比重が移るが、それも度重なる論者の検挙で強制的に中断させられる。ファシズムに抗しイソップの言葉で社会批評をつづけ、暗黒の時代に虚無に陥りがちな知識人や青年への励ましの文章など多く収録。人民戦線事件で検挙され保釈後は農業とわずかの翻訳で糊口をしのぐ。資本主義論争以外は初の再録。

6巻  戦後激動と平和革命論    19451948  

 敗戦直後、向坂は山川均の民主人民戦線に協力する。「解放軍規定」から産別会議2.1ゼネストにいたる解放感に浸る時期に、共産党、社会党内外で「革命」論議が交わされる。しかし向坂は冷徹に山川と社会変革のあり方として平和革命論を考究する。また理論誌『唯物史観』を発刊し、マルクス・エンゲルスの思想形成過程についての諸論稿を発表。約半数は初の再録。

7巻  戦後労農派の模索   19491951    

 『労農』派は雑誌『前進』を拠点に集まるが、社会党の評価やソ連社会主義の性格規定など模索が続き、共産党も民族主義的偏向をしめす。左翼の理論的な混迷に向坂は民族問題などを中心に、左右の偏向に批判を加える。

8  『経済学方法論』19491950)       

 マルクス・エンゲルスの唯物史観から『資本論』にいたる思索を探求して総括した向坂の経済学の集大成である。九州大学に於ける講義をもとにしたと言われるが、アカデミックな「経済原論」とは異なる「マルクス主義者」向坂の面目躍如たる書。マルクスの歴史的・論理的方法を精緻に論じた書としても稀有。

9巻 左派社会党と社会主義協会  19511954   

 向坂は山川とともに社会主義協会を発足させ、社会党の「平和四原則」「非武装憲法」擁護の論陣を張った。左派社会党「綱領」策定など左派社会党に全力で協力した。日本共産党批判にも力を入れた。一方「市場価値論と相対的剰余価値論」や社会主義社会と価値法則など、理論問題の論稿を発表。

10巻 社会党と総評        19541956   

 向坂は左右社会党の無原則合同に反対であったが、合同した社会党の強化に努め、社会党の綱領的路線としての「平和革命」についても考究を重ねる。また三池労組の学習活動に尽力し、その実践を踏まえて総評にも積極的に提言をしていく。理論活動としては「マルクス経済学の方法」、「資本主義における失業の不可避性」など発表。

11巻 スターリン批判、「窮乏化」議論 19561959 

 スターリン批判は日本の左翼総体に理論的衝撃をあたえ、「窮乏化」論などについて百家争鳴の議論も惹起した。向坂は理論的混乱を正す論陣をはる。またスターリン批判や「平和的共存」論に対しては、かねて山川均ら『労農』派が指摘してきたことと同じだという態度で、各界の過剰反応や誤解を批評する。

12巻 三池闘争と構造改革論争   19591963  

 60年安保・三池闘争を控え、向坂は三池労組への支援と、安保条約賛成の社会党西尾派への批判を展開。また60年安保・三池闘争の「敗北」を機に社会党内外に起きた構造改革論論争にも参加し、総評・社会党の進路に大きな影響を与えた。

13巻  『マルクス伝』1962)          

 執筆に数年をかけた質量ともに、メーリングのそれと並ぶ世界的なレベルの伝記である。『経済学方法論』にならぶ向坂の二大書下ろしである。大内兵衛の『マルクス・エンゲルス小伝』(岩波新書)は本書の「ダイジェスト」と大内は自称している。

14巻 『流れに抗して』 疎外論論争 19631966   

 『流れに抗して』は自伝で敗戦直後までを回想している。60年代は世界的にもマルクス主義をめぐる論争が盛んであり、向坂は「窮乏化論」と合わせて内外で問題とされたマルクスの「疎外論」にもたびたび論及した。

15巻 『資本論入門』、社会党・総評の高揚 19671971 

 『資本論入門』(岩波新書)は平易な語り口で愛読者は多い。70年代初旬は社会党・総評運動が高揚した時期であり、向坂は適確な提言をおこなった。向坂が三池に次いで援助した国鉄労組は、総評の中軸として反マル生闘争などで高揚を支えた。

16巻 晩年の著作。『戦士の碑』『わが資本論』など 19711985 

 晩年には回想の佳品がおおい。『戦士の碑』は堺利彦・山川均から葉山嘉樹、里村欣三に至るまで実際に接した人物の回想録である。『わが資本論』は『流れに抗して』を補う理論的な自伝でもある。

 

. 出版の段取り

発行元 株式会社旬報社。和気誠・和氣文子『向坂逸郎著作年表』の発行元。*『労働法律旬報』、『賃金と社会保障』、『月刊教育』、『月刊社会教育』などの雑誌、『日本労働年鑑』、『世界の社会福祉年鑑』定期刊行。『環境問題資料集成』(14巻)、『日本労働運動資料集成』(13巻)、『渡辺治著作集』(16巻)、『佐高信評伝選』(7巻)など刊行。『西谷敏著作集』(12巻)、『二村一夫著作集』(8巻)を刊行中。

発行時期 2026年を目指すが作業の進捗状況次第。デジタル本なので全巻まとめて刊行。デジタル本が完成すれば、オンデマンド本は適宜受付可能。

価格 デジタル版、オンデマンド版ともに各巻ごとの購入が可能です。

以下はあくまで予定です。

  デジタル版は各巻1万円程度。②デジタル版の16巻全巻揃定価は16万円(割引価格検討)。③オンデマンド版は、資材費や印刷製本代がかかるため、価格は1巻につき1万円以内になるよう努力、④オンデマンド  本全巻揃は16万円(割引価格検討)以内になるよう努力。

それぞれ、販売見込み、作業量などをもとに旬報社が最終決定します。


2025年3月1日土曜日

『社会主義』2025年3月号目次

 『社会主義』最新号目次です。一冊620円。紀伊國屋書店新宿本店で販売中。社会主義協会でも取り扱っています。残念ながら大阪・清風堂書店は2月28日で閉店しました。新しい販売先を探していますが、かなり難しいです。

足立康次■野党勢力統一で勤労国民の生活再建を

       

特集 参議院選挙をどう戦うか

田山英次■政策交流会で学習と交流 参院選勝利へ

奥本英男■コメ不足・物価高・生活苦にねざした政策を

宮崎渉■第50回衆院選総括から参院選へ

荒井宏行■参院選で自公政権を過半数割れに

徳光清孝■参議院議員選挙佐賀選挙区の戦い

川辺美信■この国の未来を担う若者を組織する

岡部勝也■政権交代こそが次期参院選最大の争点

       

松澤佳子■女性差別撤廃条約選択議定書

菅原晃悦■第七次エネルギー基本計画

芦原康江■命と暮らしを守るために今すぐ廃炉に

佐藤龍彦■福島第一原発事故から一四年

井上浩■第七次エネルギー基本計画と六ケ所再処理工場

香川県支部■会員の疑問をテーマに研究活動

金子彰■批評 教育の市場化に歯止めを

 

2025年2月13日木曜日

向坂逸郎と岩波文庫『資本論』翻訳問題

 向坂逸郎と岩波文庫『資本論』翻訳問題

瀬戸宏

『労働者運動資料室会報』62号(2025.2.1)より転載。

岩波文庫版『資本論』翻訳は向坂逸郎の代表的な業績の一つだが、向坂逸郎は実は『資本論』をほとんど訳しておらず、しかも他人の訳文を一方的に下訳扱いし、後には印税も独り占めしてしまったという噂は、かなり前から流布していた。噂の主な出所は岡崎次郎『マルクスに凭れて六十年』(青土社、1983年、以下『六十年』と略記)である。この問題は労働者運動資料室会員などには、向坂ゆき/聞き手・小島恒久「思い出あれこれ」14(『社会主義』200012月号)での向坂ゆき氏(向坂逸郎夫人)の証言とそれを引用・解説した石河康国『向坂逸郎評伝』(上下、社会評論社、2018)出版で解決済みである。しかし2023年に『六十年』が航思社から復刊され、読み物としてはかなり面白く重版もされ、ある程度広く読まれたようで、インターネット・SNSでは岡崎次郎の主張のみに依拠して向坂逸郎と『資本論』翻訳問題について正しくない情報を流す書き込みが目につく。私は向坂逸郎を神棚に祭り上げる気はまったくないが、事実と異なる発言などに対しては、やはり正確な情報を発信する必要を感じる。昨年の東京都知事選・兵庫県知事選をみてもSNSの影響力は飛躍的に増大しており、向坂逸郎についての誤った情報が固定化する恐れがある。『労働者運動資料室会報』は全文を資料室HPすなわちインターネット上で公開しているので、この機会に向坂逸郎と岩波文庫『資本論』翻訳問題についての小文を『会報』に寄稿したい。

 岡崎次郎(1904年~1984年?)は戦前からの労農派系マルクス経済学者で、人民戦線事件で逮捕・一年間投獄の経歴もある。向坂逸郎とは戦前から交友があり、戦後すぐに向坂逸郎から『資本論』翻訳の協力を依頼される。岡崎の主張を知るために、『六十年』の原文を引用しよう。

 「『資本論』の共訳という向坂の提案は、さほど唐突にも思われず、むしろ予期していたものがきたような感じで、私はこれに応じたのである。向坂の出した条件は次のようなものだった。「すでに第一分冊が向坂の手でできているので名義はずっと向坂訳とする。しかし、第二分冊以下は向坂と岡崎が代わる代わる適当な分量をやることにし、どちらがどこをどれだけやっても印税は折半する。差し当たり第二分冊として第三篇以下を適当な区切りまで岡崎がやる」。私は納得した。(中略)その時はこの簡単な口約束だけで至極満足して、私は張り切ってやる気になった。」(航思社版p186)

 そして1947年暮れには担当分(第一巻第三篇)の訳の完成原稿を向坂に渡し、48年夏ごろにゲラが岡崎に渡され、同年11月末に第二分冊が刊行された。だが第二分冊訳者あとがきを読んで岡崎は驚くことになる。やはり『六十年』の原文を引こう。

 「その(第二分冊-引用者)訳者あとがきを読んで私は驚いた。そこには大要次のような一節が書かれていた。『この第二分冊の第三篇からは岡崎次郎氏に下訳をしてもらうことにした。同君の訳はそのままで公刊できるくらいに良いものだったが、私はそれを自分の思うままに直した』。いま現物を持っていないので、文章は多少違っているかもしれないが、文意はまさにこのとおりだった。いったい、下訳とはなんだ!(中略)私は知らぬまに下働きの手伝いにされていたのだ。」(『六十年』p190191、下線部原文は傍点)

 岡崎次郎の不満と怒り、後悔の感情吐露文章はまだまだ続くのだが、紙幅の関係もあり引用はここまでとする。関心のある人は『六十年』に直接当たっていただきたい。

 『六十年』にはまた、岩波から約束通り半分の印税が支払われたこと、第三分冊以降も訳してほしいと向坂に言われ、岩波から印税を月ぎめで前借していたので生活もあり引き受け、第十二分冊(旧版文庫本)まで結局一人で訳したこと、仕事はほとんど自分がしているから印税半々の割合を改めてほしいと向坂に要求して拒否されたことが書かれている。

 航思社版『六十年』には市田良彦氏(1957年生、刊行当時神戸大学教授、フランス思想専攻)の解説が付されており、市田氏の解説はその焦点を向坂逸郎との『資本論』翻訳問題に当てている。市田氏の表現を使えば、向坂の「嘘と傲慢とパワハラ」(『六十年』p384)である。市田氏の理解では、他人の訳を下訳扱いし自分の単独訳として刊行した向坂の行為は、21世紀の現在なら「研究成果の盗用」(390)であり研究不正として大学の研究倫理委員会にかけられ向坂は懲戒処分され、岩波文庫版『資本論』は全巻絶版となる。――私は科研費を得ている関係で大学定年退職後も研究倫理講習を毎年受講させられており、事実関係が市田氏の理解通りなら、その通りだろうなと思う。

 しかし事実関係は違うのである。市田氏もそのことにぼんやりと気が付いている。そのカギは印税という言葉にある。向坂が岡崎の訳文を真に下訳とみなしそのように扱ったのなら、岩波が岡崎に印税を支払う筈がない。下訳は翻訳者とその協力者の関係で、出版社は無関係だからである。市田氏も言うように印税は著作権使用料であり、下訳者にはその権利はない。明らかに岩波書店は岡崎を実質的に共訳者とみなしていたのである。小文の冒頭で、向坂ゆき夫人の証言で問題は解決済みと書いた。夫人の証言を引用しよう。

 

ゆき これは私だけしか知らないかもしれないのだけれど、あの当時向坂は、岩波に「岡崎次郎君の業績がとてもある翻訳だから、二人の共訳にしてくれ」と言ったそうです。そしたら岩波が「それは困る。先生一人の名前にしてくれ」と言ったのですって。

小島 岡崎先生はご存じないかも分からないですね、そこらの経過は。

ゆき それはご存じないでしょう。別に言わなくてもいいことだから。

ーー それが岡崎次郎さんのほうの誤解にもなって『マルクスに凭れて六十年』の記述になっているのですね。

小島 向坂先生はそういうことをいちいち弁解したりおっしゃったりする方ではないから。(向坂ゆき/聞き手・小島恒久「思い出あれこれ」14、『社会主義』200012月号p106107)

 

 ゆき夫人の証言によれば、岡崎を共訳者と明記することに反対したのは、岩波書店だったのである。「思い出あれこれ」は向坂ゆき夫人に小島恒久氏(当時、九州大学名誉教授、社会主義協会代表)が聞き手となって向坂逸郎との関わりを回想した記録で、『社会主義』19999月号から20019月号まで途中休載を挟んで20回連載された。書籍化されていないが、石河康国氏の浩瀚な『向坂逸郎評伝』の上p319にゆき夫人の証言が引用されている。「思い出あれこれ」掲載時期の『社会主義』は、国会図書館デジタルコレクションに入り、登録利用者になれば(無料)、個人送信サービスで簡単に読める。

 向坂逸郎が岡崎次郎を本当は共訳者とみなしていた証拠もある。岩波文庫(旧版)『資本論』は1956年に最終分冊の第12分冊が出版されたが、その「解題」五あとがきに、向坂は「殊に共訳者岡崎次郎氏がなかったら、この仕事は、こんなに早く、こんなによくは出来上がらなかったであろう。」(39)と記している。この部分も石河康国『向坂逸郎評伝』下p91に引用されており、私も国会図書館所蔵の第12分冊で確認した。(現在の9分冊版『資本論』では削除されている)また私は確認できていないが、石河氏によれば1959年から60年にかけて『九大新聞』に連載した回想録でも岡崎次郎を「このうえもなくいい共訳者」「立派な共訳者」と呼んでいるとのことである(『向坂逸郎評伝』下p94)

 “下訳”について、市田氏は『六十年』解説で、向坂の単独訳の名で出すのであれば、「「共訳」とは表紙にも奥付にも書けないから、岩波書店のほうが向坂に「下訳」と書くよう促した可能性もある」(『六十年』p194)と記している(『六十年』p394)。案外事実かもしれない。石河氏が推測しているが、向坂逸郎単独訳とした方が、販売上も有利だったろう。

 「思い出あれこれ」などで触れられていないが、大内兵衛・向坂逸郎訳の岩波文庫『共産党宣言』にも似た事情がある。向坂逸郎執筆の『共産党宣言』解説には「この訳書は、はじめ私が山崎八郎とともに草稿をつくり、それを大内兵衛氏が訂正され、それをさらに私が見た」(124)とある。まず訳文を作ったのは山崎八郎(向坂逸郎実弟のドイツ文学者、元早大教授)で、印税は大内・向坂・山崎の三人で三等分して支払われたという。表紙・奥付には出てこないが、岩波書店は山崎八郎を実質的に共訳者とみなしていたのである。市田氏も指摘するように、著作権は相続可能な権利であり、山崎八郎が1979年に逝去した後は子息の山崎耕一郎氏に印税が支払われた。生前の山崎耕一郎氏から私が直接聞いたのだが、『共産党宣言』は毎年増刷されたので2000初年代で年間10万円程度だったという。

 また岡崎次郎の訳文を使ったといっても、向坂逸郎が岡崎の訳文を碌に検討せずに訳者署名だけ自分のものにして出版社に渡したことも考えにくい。1967年百周年記念版『資本論』「訳者まえがき」(現文庫版では削除)には「私は、文字や仮名づかいの統一はまことに不得手で、その上、原稿がきたなく、これらの統一とこの膨大な本の校正がどんなにたいくつで苦労なものであるかは、想像に余りある」(第一巻ⅵ)とあり、岩波書店に直接渡す原稿は向坂逸郎が手書きしたことを示している。いちいち引用しないが「思い出あれこれ」その他には、向坂逸郎が『資本論』翻訳でさまざまに苦労したさまが語られている。市田氏が存在を疑っている(『六十年』p392)1分冊の検討会が確かに開かれたことは「思い出あれこれ」9(『社会主義』20006月号)に明記されている。(鈴木鴻一郎も書いているとのことである。)岡崎が言うように、刊行された『資本論』訳文が岡崎訳稿とほとんど変わっていないとしても、それは向坂が言うように岡崎の訳文が「そのままで公刊できる程度にいいもの」(国会図書館所蔵1955年第10刷第2分冊p307)だったからであろう。

 岩波文庫『資本論』翻訳を巡るもう一つの問題は、岡崎の言によれば1967年向坂が岡崎に印税打ち切りを求め岡崎が承諾した件である。この件については、石河康国『向坂逸郎評伝』を読む限り、事実関係については向坂夫妻と岡崎の千疋屋での面談が『六十年』にある673月ではなく19665月初めらしいこと(判断の理由は示されていない)を除いて、『六十年』の記述に事実と離れた部分はないようである。向坂が岡崎に印税放棄を求めた理由は、石河氏の解釈が妥当であろう。岡崎は『資本論』翻訳の収入を大月版も含めて、もっぱら個人の生活・趣味に使っていた。『六十年』の岡崎自らが記している部分を引こう。

「私はこれで客間の建て増しをしたり、庭の木や石を買ってちゃちな枯山水を造ったりした。(中略)これでそれから十年足らずの間快適な田園生活を楽しむことができたし、そのころ急速に進歩しつつあった音響装置を備え付けてレコードをやたらに買い込んで久しく忘れていた文化的な気分に浸ることもできるようになった。」(『六十年』p287 傍線部は原文傍点)

 岡崎の『資本論』などの収入の使い道については、市田氏も『六十年』解説で不思議がっている。一方、向坂逸郎は『資本論』などの収入は社会主義運動-社会主義協会への資金援助の重要な来源であった。向坂の立場では、岩波版『資本論』の売れ行きが落ちればそれだけ運動資金が減ることを意味する。それなら岡崎は大月版『資本論』からの収入や法政大教授の給与もあるのだから、岩波版からの収入を返上してもらっても問題ないと向坂は考えたのだろう、ということである。なお、1967年『資本論』刊行百年記念版については、向坂は刊行に当たって「拙訳岩波文庫版に、いま一度、新しい底本にしたがって、改定を加えた」(第一巻ⅳ)すなわち自分で改訳したから共訳問題は消滅し、岡崎次郎がだまされたと怒っている千疋屋の会食は、『向坂逸郎評伝』下「向坂逸郎年譜」19665月の項に「『資本論』翻訳料で岡崎次郎と和解」とあるように、逆に岡崎と円満に解決したと考えていたとのことである。そのためか刊行記念本『資本論』訳者まえがきでは、「岡崎君の下訳は立派であった」(第一巻ⅴ)と岡崎を褒めながらも“下訳”という言葉を復活させている。一方の岡崎は、「この怒りはどこにもぶつけようがなかった。向坂から贈られた献本は献辞のついたまま即日古本屋を呼んで売り払ってしまった」(『六十年』p296)とのことである。

 以上から考えて、私は、向坂逸郎に岩波文庫版『資本論』翻訳に関して研究倫理違反で告発される問題はなかったと判断してよい、と考える。今日からみてやや疑問が残るのは旧文庫版で共訳者と認めながら表紙などで岡崎の名を出さなかったことだが、出版社の要請であり、それが通用した時代だったと言うしかない。残るは、岡崎次郎がなぜあれほど怒りを示したか、である。これは、誤解による感情のもつれとしかいいようがない。もつれが生じたのは岡崎の側にも責任の一端があることは、岡崎自身も『六十年』の中で認めている。一時期親しかった者が関係がこじれるとしばしば相手を罵倒して去っていく場合があるのは、私たちの日常生活でも経験することである。向坂グループの中でも、直系の弟子とされたのに向坂を罵倒して去っていった人物もいる。

 最後に、市田氏の『六十年』解説で気になる部分を指摘しておきたい。今後は『六十年』は主に航思社版で読まれ、市田氏の解説がそれに付随していくからである。それは向坂逸郎が「御殿と言われるような自宅を建てた」(『六十年』p387388)という記述に集中的に現れている向坂観である。中野区鷺宮の自宅は向坂が建てたのではなく、1952年に中古家屋を買ったのである。自宅の件は、「思い出あれこれ」13(『社会主義』200010月号)にゆき夫人が詳述している。元は画家の家だが戦後は約30人が住む全食糧労働組合の寮になっており、全食糧労組の紹介で向坂が購入した。購入時は野中の一軒家だった。面積は500坪で広いがかなり荒れ果てており、購入価格は100万円という。1952年の公務員大卒初任給が7650円で2024年一般職公務員大卒初任給が22万円であるから、1952年の100万円は2024年の3000万円足らずであろう。定職のある人なら無理をすれば払えない額ではない。それでもゆき夫人はたいへんな額だったと述懐している。このほか「思い出あれこれ」の随所でゆき夫人は金銭面の苦労を語っている。向坂逸郎は市田氏が想定しているような「蓄財の才」(『六十年』p388)の持ち主ではなかったことは確かではなかろうか。

 明治生まれすなわち人格に封建遺制が残る向坂逸郎に、批判される側面があったことは確かであろう。市田氏はまた岡崎も批判的にみている。しかしその批判は事実に基づくものでなければ説得力を失う。市田氏が『六十年』解説を担当したのは、航思社から著書を刊行した関係で依頼されたからのようだが、市田氏が執筆にあたって「思い出あれこれ」『向坂逸郎評伝』などを参照していれば、解説は別の内容になったであろう。もし市田氏が「思い出あれこれ」などの記述に虚偽があると考えるなら、市田氏にはそれを証明する責任が生じる。入手しやすい『向坂逸郎評伝』すら参照していないのは大学の専任教授という市田氏の立場、研究条件からみて怠惰ではないかと私は感じたが、フランス思想専攻という氏の研究方向を考えればやむをえないのかもしれない。

岩波文庫『資本論』第12分冊あとがき(向坂逸郎)。岡崎次郎を共訳者と明記。

2025年2月12日水曜日

労働者運動資料室HP更新

 本日、久しぶりに労働者運動資料室HPを更新しました。

文献・資料に、日本社会党党歌を掲載しました。
以前から探していましたが、なかなかみつかりませんでした。偶然、『日本社会党30年の歩み』(日本社会党機関誌局、1975年)に掲載されているのをみつけ、本日転載しました。正確な党歌制定日時は調査中です。
 

会報ページに第62を掲載しました。
62号の内容は次の通りです。
◎ 岡部雅子さんを偲んで-2024 年の最後に
山口順子、山田敬子(山川菊栄記念会)…………P1~3
◎ 向坂逸郎と岩波文庫『資本論』翻訳問題
瀬戸 宏(摂南大学名誉教授)…………P4~8

2025年2月1日土曜日

『社会主義』2025年2月号目次

 『社会主義』最新号目次です。一冊620円。紀伊國屋書店新宿本店、大阪・清風堂書店で販売中。社会主義協会でも取り扱っています。

宝田公治■再度 政権交代の展望

特集 少数与党政権下における通常国会

飯山満■与野党伯仲下の政治課題をさぐる

菅原修一■石破政権「総合経済対策」の空文句

田中信孝■少数与党下の政府予算と税・財政の問題

柳湖太郎■国民のための税制改正の焦点と改革課題

山登志浩■能登半島地震から一年を経て


平井久志■「非常戒厳」という自爆

熊谷重勝■産業構造、そして雇用、生活が変わる

高橋要三■連合の2025春季生活闘争方針と課題

安河内賢弘■2025春季生活闘争に向けて

小池泰博■地方中小労組の底上げをどう図るか

佐藤工■学校職場の働き方改革が急務の25春闘

登坂崇規■自治労2025春闘方針の特徴

山田新吾■2025春闘で賃上げがあたりまえの社会を



2025年1月1日水曜日

『社会主義』2025年1月号目次

 明けましておめでとうございます。『社会主義』最新号目次です。一冊620円。紀伊國屋書店新宿本店、大阪・清風堂書店で販売中。社会主義協会でも取り扱っています。

立松潔■少子化進展の背景と雇用格差

        特集 世界と日本の経済・政治・労働

北村巌■不透明感強まる世界経済

共同執筆■世界政治

秋本洋■世界の労働運動の現状

伊藤修■2025年日本経済の展望

吉田進■早期解散も視野に野党の戦う態勢確立を

高橋要三■25春闘で求められる実質賃金の引き上げ

 

芳賀和弥■米大統領選挙 トランプ氏が圧勝

        2025年を迎えて=

社会民主党 福島みずほ/連合 芳野友子/平和フォーラム 染裕之/自治労 石上千博/JAM 安河内賢弘/国労 岩元孝信/社民フォーラム 吉田忠智/労大出版センター 小川研/I女性会議 中村ひろ子/社青同 新岡佑太

大森龍馬■社会主義を意識する青年たち

中村元氣■批評 『第24回日朝教育シンポジウムin北海道』に参加して