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2012年3月11日日曜日

労農派の歴史研究会第137回例会報告

レポートで言われたように、この文書では「行政と企業の官民一体の意思決定構造に、
介入・参加し、規制する」ことによって改革を進めようという提起でした。70年代までの
労働運動が力をもっていた時代には、若い活動家には、「参加と介入など、生ぬるい」と受
け止められていました。80年代に入っても、その気分をもち続けていた人もいるでしょう
が、運動の力量はかなり落ちていました。

 この文書が決定された82年には、臨調行革がはじまり、官公労への攻撃が強まってい
ました。電電公社に民営化をへて、86,  87年に国鉄分割・民営化になります。労働運動の
側が、権力・資本の圧力・介入を受けて、オタオタしていたわけです。総評の力も落ち、
89年に連合に吸収されました。そういう時期に、出来た文書ですが、党幹部も、若い活動
家も、運動の後退がこんなに続くとは思っていませんでしたから、社会主義の力、労働者
階級の運動はますます強くなるという前提で、議論していました。

 「改革はすべて権力奪取後に」というのではなく、現在の闘いが大事だというのは、重
要なことだと思います。この文書が「改良闘争の過程そのものが社会主義だ」と言ってい
るのは間違いですが、「闘争の過程」を重視するのは大事なことです。

 これからまた労働運動が強くなる時も来ると思います。そういう時のためにも、資本と
権力機構をどのように攻め、変革するのかという議論は、こなしておかなければならない
と思います。EUを見てみると、現在、経済危機の中にあっても、労働組合は弱気になら
ずに要求し、必要な時にはストライキも行っています。国民もそれを容認しています。ず
っと昔からそういう力・落ち着きがあったのではなく、何度も挫折を繰り返した後に、立
て直して運動を続けているのです。日本の労働運動にも、挫折から立ち直り、高揚を作り
だすという粘り強さが必要だと思います。

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