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2011年5月12日木曜日

労農派の歴史研究会再開のお知らせ

日時 5月18日
会場 労働者運動資料室
テキスト 新中期路線
レポート 善明建一

<再開のご挨拶> 山崎耕一郎
 思いがけぬ事故で、学習会が中断してしまいました。雨上がりの下り坂の道路を自転車で走っている途中で転倒し、頭を打ったので、2週間ばかり、順天堂医院に入院してしまいました。おまけに、心臓弁膜症の手術をした後、ワーファリン(血液サラサラにする薬)を飲んでいるので、脳内に出血した血液がなかなか消えません。2 7日にも入院して、脳内に残っていた血液をぬいて、やっと終わりましたが、また血液がたまる可能性も残っているそうですが、一応は、元通りになりました。
 テキストに選んだ資料は、70年代の社会党では、よく使われた文書です。70年の闘争を背景にして議論されたこの文書は、社会党の国会闘争ではよく話題になり、政権構想を議論するときにも使われました。文書の作成には、社会党本部の社会主義協会員が熱心にかかわり、思い入れが強かったものです。私(山崎)は、当時は社青同運動で頭がいっぱいだったので、あまり熱心には読まなかったのですが、党本部の人たちとの議論では、よく話題になりました。
 当時の社会党は、総評と連携して、政権の獲得に意欲的であったし、力量もありました。この頃の総評は、左派の影響力が強かったし、国会議員が出身の労組や所属県本部よりも右この思想の人が多かったので、主張も政策も、なかなか筋が通っていました。90年代以降の、労組出身議員の雰囲気とは、かなり違っていたと思います。「55年体制」を象徴する文書と言っても良いと思います。
 冷戦が終わり、新自由主義が世界を蔽った時代とは、まったく雰囲気の違う時代でした。90年代には「階級闘争のあった時代」は過去のものとされていましたが、その新自山主義 (市場原理主義)も勢いを失っていて、また新たな時代に入りつっあります。どういう時代になるか、期待を持ちながら、歴史と現代との比較を行いたいと思います。

*山崎耕一郎さんは文中にあるように事故で2月下旬から入院されていましたが、現在は退院し活動に復帰されておられます。(管理人)

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