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2015年3月6日金曜日

2014年度山川菊栄賞授賞式報告

労働者運動資料室中村ひろ子理事より、2014年度(第34回)山川菊栄賞受賞式報告が届きましたので掲載します。文中にもあるように、山川菊栄賞は今回で終了です。
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2月28日(土)午後、東京神田の韓国YMCAで、第34回山川賞の贈呈式が行われた。最後となる今回の対象者は、平井和子さんと塚原久美さんのお二人である。


平井さんのご本は『日本占領とジェンダー―米軍・売買春と日本女性たち』(有志舎、2014年8月刊)。
加納実紀代さんの推薦の言葉を借りれば、「女性史が女性の痛覚に根差すものだとすれば、日本の女性史研究には大きな欠落があった。もっとも痛苦に満ちた売買春問題について、当事者女性の目線に沿った研究が極めて少ないからである。それは日本近代における<生殖=母性>と<快楽=娼婦>という女性の分断を研究者自身も内面化していたからではないだろうか。本書において著者は、揺るぎないジェンダー視点に立ってその分断を乗り越え、占領下の『パンパン』や基地売春を検証している。その結果本書は、日本女性史の欠落を埋めるだけでなく、歴史認識の問い直しを迫るものとなっている」という画期的なもののようだ。

平井さんの記念スピーチは「日本占領から問う『軍隊と性暴力』の共生関係」というテーマ設定だったが、その研究に至るまでの、平井さんの個人史が圧倒されるものであった。大学では地理を専攻し、地球儀を眺めていれば幸せだったので、地盤整備の会社に就職。仕事が面白くのめり込んで、ロッカーに風呂道具を用意していたほど。あまりに多忙で一度仕事から離れたかったのもあり、夫の郷里、静岡に転居。そこで押し付けられた嫁の役割に疑問を持ち、歴史を学ぼうと、大学院に。アルバイトの際見つけた御殿場町の売買春の実態を記した資料に触発され、研究を開始。同じ資料を男子学生は見過ごしたことも衝撃であり、自分の視点が定まったという。その後の研究の経過もいろいろ話されたが、対象作は15年間の集大成で、博士論文として書かれたものだという。疑問に思ったらすぐに研究に着手され、成果を蓄積されてきた、そのバイタリティのままに話されて、あっという間に時間が過ぎていた。


もう一方の塚原さんのご本は『中絶技術とリプロダクティブ・ライツ―フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房、2014年3月刊)。

浅倉むつ子さんが「日本の中絶医療は、リスクの低い吸引中絶(VA)や内科的中絶(MA)ではなく、D&Cやサリン法など『危険な中絶手術』が圧倒的多数で、『ガラパゴス化』しています。それというのも刑法に堕胎罪があり、唯一、母体保護法において指定された医師のみが中絶医療を独占的に実施することを許されてきたからです。塚原さんは、指定医らの都合のみが優先され、女性ケアの観点を軽視した中絶医療が改善されずに長年用いられてきた実態と、この医療分野の遅れを支えてきた法制度上の問題点を、あざやかに描き出しました」と絶賛されている。

記念スピーチ「中絶のスティグマを超えてー中絶問題と日本のフェミニズム」も、塚原さんの個人史を展開された。ご本人からの手記をいずれ『社会主義』に掲載するので、詳細はそれに譲りたいが、「人生を充実させよう」「死ぬ瞬間に満足していたい」という姿勢には圧倒された。翻訳を仕事とする中で出会った中絶に関係する文献を追いかけ続けて、これだけの大著にまとめあげられたのである。そしてそれは産婦人科学会で報告されるほどの、学識に裏打ちされているのだが、これから先の改革は医療者が取り組むことであり、自分は中絶した女性たちのフォロー、メンタルヘルスをやりたいと心理学の大学院に入りなおし研究をされている。またその方面での研究成果が楽しみだと思ったのは私だけではないだろう。


さて、私、中村は、今回、以下のような事情で、受賞作品を事前に入手し、目を通していなかったことをお詫びしたい(このところの受賞作は大作のため、読んでも理解したと言えないものが多かったのだが…)。
山川菊栄記念会を設立した田中寿美子さんが亡くなって20年、命日の3月15日にブックトークを開催する。そのブック、井上輝子監修『田中寿美子の足跡―20世紀を駆け抜けたフェミニスト』(女性会議発行)を先日ようやく刊行することができた。本務の合間の編集に追われた4ヵ月だったが、監修の井上輝子さんは自ら執筆する傍ら、他の執筆者の原稿を読み、アドバイスされ、資料検索もされ、その合間に、この山川賞の選考に携わられていたのだから、頭が下がる。

なお、田中さんの足跡の一つに、売春防止の取り組みがあるが、今回の受賞者平井さんが、田中さんの労働省婦人少年局婦人課長時代のメモ資料を発掘され、関東学院大学図書館の厚意で、それに基づいて足跡をたどってくださっていることも付け加えておきたい。
いずれにせよ、山川賞の最後を飾るにふさわしい研究書であり、贈呈式だった。お二人とも、山川菊栄賞は目標だった、これまでの受賞作品に触発されて長年研究を続けてきたと話され、自分たちの研究成果のご本が、「最後に間に合った」と喜んでおられた。


でも、お二人のように、目標にされていた方は他にもおられたことだろう、というのが頭をよぎったのも事実であり、残念だとも感じています。

選考委員の皆さん、ほんとうに長い間ご苦労様でした。これからは選考委員会ではなく、山川菊栄記念会として、顕彰活動を続けていくことになっています。それらも随時報告していければと思っています。

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