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2015年3月7日土曜日

2014年度山川菊栄賞推薦の言葉

●平井和子『日本占領とジェンダー』推薦の言葉
 女性史が女性の痛覚に根ざすものだとすれば、日本の女性史研究には大きな欠落があった。もっとも痛苦にみちた売買春問題について、当事者女性の目線にたった研究が極めて少ないからである。それは日本近代における<生殖=母性>と<快楽=娼婦>という女性の分断を、研究者自身も内面化していたからではないだろうか。
 本書において著者は、揺るぎないジェンダー視点に立つことでその分断を乗り越え、占領下の「パンパン」や基地売春を検証している。その結果本書は、日本女性史の欠落を埋めるだけでなく、歴史認識の問い直しをも迫るものとなっている。
 その1つは日本占領の評価である。これまでアメリカの占領政策は日本の「民主化」「女性解放」への意義を評価されてきた。しかし著者は、占領軍の性政策が戦力維持のための性病コントロールを中心とし、暴力的な女性の刈り込み等がくり返されていたことを明らかにする。「女性解放」はこうした女性の犠牲の上に成り立っていたともいえるのだ。
 こうした歴史認識の問い直しは現在的な問題でもある。現在の「イスラム国」問題は21世紀に入ってのアメリカのイラク攻撃に端を発するが、著者が言うように、それは日本占領を「民主化」成功のモデルとしてなされたのだ。著者の歴史をみる姿勢には、つねにアクチュアルな視点が貫かれている。
 第2に、売春防止法体制の問い直しである。占領軍の性政策には、日本の女性リーダーたちもかかわっていた。彼女たちは「パンパン」取締りを推進する一方、米兵のための「母の家」設置につとめるものもいた。ここには<母性>による<娼婦>差別がある。それは1956年制定の売春防止法にも貫かれ、現在も生きている。本書には売春防止法改正案が具体的に提起されている。
 3つ目は「慰安婦」問題における日本特殊性論の否定である。これには危険がつきまとう。橋下発言にみられるように、軍隊の性問題は日本だけではないとして「慰安婦」問題を否定する声が高まっているからだ。もちろん著者はそうした声には与しない。彼らが前提とする本質主義的な男性性欲論を「神話」として否定し、「軍隊と性暴力」問題としてグローバルな視野で検討することを提起している。
 いずれも論議を呼ぶ提起だが、研究方法はあくまで緻密な実証主義にもとづいており、説得力をもつ。かといって冷たいアカデミズム歴史学に堕しているわけではない。当事者女性との直接的な出会いはないものの、周辺からの聞き取りなどにより、痛苦な日常をたくましく生きる女性の姿も浮かび上がる。
 著者はシンシア・エンローによって、女同士の分断こそが軍隊を支えるという。本書が売春や「慰安婦」問題における二項対立を解きほぐし、新しい地平を開くことを願う。
(加納実紀代)

●推薦の言葉 『中絶技術とリプロダクティブ・ライツ―フェミニスト倫理の視点から』
                       

塚原久美さんの本は、中絶をめぐる問題にフェミニスト倫理の視点からアプローチする屈指の研究書です。私はこの本を読んで、自分の認識不足を恥じ、塚原さんの誠実な研究姿勢と明晰な分析力に深く感動しました。この本を読むまでは、中絶問題は論じ尽くされたかの感があり、「胎児の生命」対「女性の権利」という二項対立の問いの構図を避けられないものと思っていました。塚原さんは、本書を通じて、この問い自体が、中絶を受けている女性たちの現実の姿や中絶医療の実態を考慮しない抽象論だということを、説得力をもって立証しています。
日本の女性は「安易に」中絶をしているかのように言われてきました。しかし、日本の中絶医療は、リスクの低い吸引中絶(VA)や内科的中絶(MA)ではなく、D&Cやサリン法など「危険な中絶手術」が圧倒的多数で、「ガラパゴス化」しています。それというのも刑法に堕胎罪があり、唯一、母体保護法において指定された医師のみが中絶医療を独占的に実施することを許されてきたからです。塚原さんは、指定医らの都合のみが優先され、女性ケアの観点を軽視した中絶医療が改善されずに長年用いられてきた実態と、この医療分野の遅れを支えてきた法制度上の問題点を、あざやかに描き出しました。
フェミニスト倫理の視点からは、女性たち自ら意思決定しうる「エンタイトルメント意識」が重要ですが、現実には、堕胎罪と母体保護法のダブルスタンダードによって、産む責任を女性に負わせながら、「堕ろす」ことが断罪されてきました。女性たちはスティグマにまみれた中絶に関して「権利」を主張しにくくなり、母体保護法改正反対運動も「実質的な中絶の自由」という最小公約数の要求で法改正を阻止するのみに留まってきたのです。塚原さんは、これに対して、安全な方法でパラメディカルに中絶処置を移行させ、国際的に推奨されている方法を導入することは急務だと指摘します。法的にも、刑法堕胎罪を廃止し、女性自身を罰する条項を削除し、母体保護法に身体的健康上の理由のみならず精神的健康上の理由も加え、経済条項削除の代わりに妊娠初期の中絶を女性の要求に基づき認める条文を追加し、配偶者の同意権要件を削除すべきという構想を示します。
 「国家による出産強制」である刑法堕胎罪が廃止されなかった要因は、「胎児対女性」の二項対立論にとらわれてきた従来の中絶論にもあり、これが「中絶を受ける女性は罪深く身勝手」だという見方を広めてきました。そして実は、リブ時代を生きてきた女性たちも、生命倫理学の研究も、この枠組みから抜け出せなかったのではないか。このような塚原さんの指摘は、圧巻です。私たちはそこから脱却するためにも、中絶を受けている女性の現実や中絶医療の実態に目を向ける必要があるのです。
              (浅倉むつ子 山川菊栄記念会選考委員)

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