2011年5月30日月曜日

第30回(2010年度)山川菊栄賞

●山川菊栄賞贈呈式に代わる上映会報告
3月26日(土)午後、東京ウィメンズプラザで予定されていた山川菊栄賞贈呈式と記念スピーチは、東日本大震災による電力不足で交通事情がよくないこと等から、中止になりました。ただし、『働く女性とマタニティ・ハラスメント』で受賞された杉浦浩美さんは、ドキュメント山川菊栄の思想と活動「姉妹よ、まずかく疑うことを習え」の上映会にお見えになっていたので、記念会のメンバーだけで寂しかったのですが、贈呈しました。なお準備されていた記念スピーチは富士見産婦人科病院被害者同盟の方たちのものも含めて何らかの形で、発表できるようにする予定です。
ドキュメント「山川菊栄の思想と活動『姉妹よ、まずかく疑うことを習え』」は一年をかけてようやく完成したこともあり、「少人数でも見てもらいたい」との山上千恵子監督の希望で開かれました。せいぜい50人かとの予想を越えて100人以上が見に来て下さいました。
見終わった人の感想は、「感動しました」「すごい人だったんだと改めて思いました」「これで若い人に知ってもらえたら」という素直なものが多かったのですが、「山川菊栄の経歴までであとはいらなかった」「今後に活かすことを提案していてよかった」という正反対の感想とともに、「出演者自身が山川菊栄を知らないんじゃない」「菊栄は労働に格別の思い入れがあったはずなのに、そこが描かれていない」といったひじょうに辛辣な感想もありました。
山川菊栄が論評した分野が多岐にわたっており、そのそれぞれに共感をもって今現在活動している人たちが見に来てくださっただけに、その受け止め方もさまざまだったように思われました。
なお、山川菊栄生誕120年を記念して、昨年1年間にわたって取組まれた3回の学習会、およびまとめのシンポジウムなどを収録した冊子が、当資料室から発行されています。
                                                    <当資料室会員 中村ひろ子>


<山川菊栄記念会からのお願い>
*上映会を企画して下さい。
ドキュメント「山川菊栄の思想と活動『姉妹よ、まずかく疑うことを習え』」
 企画:山川菊栄記念会  上映時間:74分
 制作:ワークイン<女たちの歴史プロジェクト>
 構成・監督:山上千恵子   撮影・構成・編集:山上博己
 貸出料:3万円(100名を越えたら5万円)
*パネル展示を企画して下さい。
山川菊栄の思想と活動をまとめたパネル
A1(縦84センチ横59・4センチ)サイズ 9枚
貸出料:5000円(送料は実費負担)―2週間程度
ドキュメント、パネルのお問い合わせは、山川菊記念会事務局までお願いします。
y.kikue●shounanfujisawa,com(●を@に代えてください)
Tel 090-2165-4038 Fax 0466-26-6135
*生誕120年記念行事をまとめた冊子を購入して下さい。
『山川菊栄の現代的意義 今、女性が働くこととフェミニズム』
 ・シンポジウム「今、女性が働くこととフェミニズム」(2011.11.3)
 ・学習会第1回「アジアと日本をつなぐ」(2010.4.23)
・学習会第2回「欧米フェミニズムと菊栄」(2010.6.20)
・学習会第3回「同一価値労働同一賃金について」(2010.7.31)
・シンポジウム「21世紀フェミニズムへ」(2000.11.18)
・山川菊栄記念会メンバーのエッセイ
・展示パネルの紹介(菊栄の年譜を含む)
頒価:1500円 +送料:290円  
発行:労働者運動資料室  T&F03-5226-8822


●2010年度山川菊栄賞推薦の言葉
                             浅倉むつ子
杉浦浩美さんの『働く女性とマタニティ・ハラスメント』は、女性の「妊娠期の働き方」に焦点をあてて、「労働する身体」の意味を問い直そうとする、とても刺激的で意欲的な本である。背景にあるのは、出産を機に7割程度の女性が仕事を辞めているという事実である。ある時期以降、日本でも平等化戦略が進み、女性たちは新たな身体性(「労働に適した身体」)を獲得したはずなのに、なぜこのようなことが起こるのか。この疑問を明らかにするために、杉浦さんは、妊娠しながら働き続ける女性たちにアンケートやインタビューを行い、丁寧な理論的分析を加えて、「女性がごくふつうに働くこと」の困難性というところに、根本的な問題を見いだしている。
妊娠期に経験する葛藤や困難を社会的な問題とするための装置として、杉浦さんは、「マタニティ・ハラスメント」という概念を提示する。その経験の中から浮き彫りになるのは、女性は「労働する身体」と「産む身体」の矛盾の中で生きている、ということであり、そこから得られる知見は、以下のように、非常に新鮮なものがある。
「労働する身体」(すなわち「男性並の有能さ」)によって敬意やメンバーシップを獲得した総合職女性も、「まぎれもない女の身体」をさらけ出す、妊娠というプロセスを経験する。それゆえ、フェミニズムの側からは、「平等幻想」を内面化した存在として批判されがちな総合職女性も、決して「勝ち組」ではなく、働く女性すべてが共有する困難さを経験している。他方、これまで「女性が働くこと」の解釈には、「優秀」か「家計が苦しい」かの二つしかなかったことに照らせば、「一般職」女性の「ごく普通に働きたい」という気負いのない両立願望こそ、新しい女性の労働観の芽生えであろう。なぜなら、女性が働くことは特別なことではない、その女性が妊娠すればこういうことも起きる、という主張は、「労働する身体」が、「男性の身体」を前提とした「ケアレス・マン」モデルにすぎないことを告発するからである。女性労働者の「身体性の主張」は、「ケアレス・マン」モデルの強制への異議申立てである。
そして、「妊娠する身体」を通じて、男性とは異なる「労働する身体」を改めて問い直す女性の試みは、「身体性の困難」を経験している障がいのある人、病気の人などに共通の問題を想起させる。すなわち女性労働者の妊娠期を問うことは、労働領域の「多様な身体」の可能性を問うことなのである。


●杉浦浩美氏略歴
1961年 東京生まれ
早稲田大学第一文学部卒業後、株式会社徳間書店に入社。編集者として16年間勤務した後、立教大学大学院社会学研究科に進学。2008年、同博士後期課程修了。博士(社会学)。
現在は、立教大学、法政大学、東京家政大学ほか兼任講師。立教大学社会福祉研究所研究員。
関心領域は、労働とジェンダー、家族社会学。
主な研究業績
「総合職・専門職型労働における妊娠期という問題-聞き取り調査の事例をもとにして-」『女性学』2004年
「母性保護要求をめぐるジレンマ」『家族研究年報』2004年
「差異化される女性労働者-出産退職をめぐる考察」『年報社会学論集』2006年
「「働く妊婦」をめぐる問題」『女性労働研究』2007年
『女性白書2010 女性の貧困』(共著)ほるぷ出版 2010年
『差別と排除の[いま]6 セクシュアリティの多様性と排除』(共著)明石書店 2010年


●2010年度山川菊栄賞特別賞推薦の言葉
                                                                        丹羽雅代
山川菊栄記念婦人問題活動奨励賞・特別賞
「富士見産婦人科病院事件―私たちの30年のたたかい―」  
             富士見産婦人科病院被害者同盟・原告団編(出版一葉社)
正直に言うならば、740ページにも上るこの本を手にしたとき、そこに込められた思いを、私はちゃんと読み取れるだろうかと不安でした。何しろ重たいのです。いつも持って歩くリュックに詰め込んで、電車の中でつり革につかまりながら開くなどということができる代物では絶対にありません。寝転んで読むのも大変です。ちゃんとイスに座って机に向かってしっかり向き合うことを、本が要求するのです。
この事件がどんな内容で争われたのか、原告だった方々とほぼ同世代の私は、外形は知っているつもりでした。彼女たちの頑張りや、多くの協力者の良心がどのような判決を手に入れたかも知っていました。出し続けられた通信も、時々は手にしていましたし、報告集会に出たことも何度かあります。でも本当のところは分かってはいなかったんだなあ、2日がかりで読み通したときに湧きあがった気持ちでした。
事件が起きたのは今から30年前、若い世代が多く居を構え、子育てをし、地域を作っていく東京近郊の街の、おしゃれな外見の最新機器による診療が売り物の病院が舞台でした。1000人を越える女性たちが医師資格も持たない理事長による診断で、高額な費用を払って、健康な生殖器を摘出されたという被害報道は、大変な衝撃を特に女性たちに与えました。なぜそんなとんでもないことがやすやすと起きてしまったのか、加害者たちはなぜ刑事責任を問われることはなかったのか、医療関係者を告発することがなぜそんなに困難なのか、なぜ原告団は民事裁判で勝てたのか、大変困難といわれる医師免許剥奪までを実現できたのか…沢山の疑問符に対し、本書は丹念に集められた資料を示しながら明かしていきます。
それは日本全国にとどまらず地球規模の動きを要求し、しかも30年という驚くほどの歳月が必要で、多額のお金も要ったことでしょうし、多くの有名無名の人々や団体の利害を超えた協力無くしてはできなかったことでもありました。
 この本は、一つの事件の発端から終結までの活動の記録にはとどまらず、女性たちが自分の心身を取り戻し、私を生きるために必要なことをしっかり手に入れていくためにどんな困難を乗り越えなければならなかったのかをわかりやすく整然と示しています。
 被害者同盟の方々が、しっかりと積み上げて女性たちの手に届けてきてくれたもののすそ野、影響はとてつもなく広いものとなっています。しかしその価値をしっかり見定めて上に重ねていく次の一歩がなくなったとたんに、あっけなく消えていくこともありそうです。この本を手にすることで、おくすることなく担い手にならなくてはという気持ちが、次世代の女性たちに湧くであろうことを感じます。
 歴史は動かそうとする人々の意志があって、その輪が広がることによって、確実に動くのだということを改めて確信させてくれるずっしり重い一冊です。   

●2010年度山川菊栄賞特別賞受賞者
富士見産婦人科病院被害者同盟
富士見産婦人科病院被害者同盟原告団  
略歴
 
1980年9月   富士見産婦人科病院事件が発覚。保健所に訴え出た患者
        数は1138名に達した。
同月      富士見産婦人科病院被害者同盟結成。真相究明、責任追及・
        再発防止を訴えて活動開始。
同月      理事長・院長・勤務医を傷害罪で刑事告訴
1981年5月  原告団を結成し民事提訴。被告は、病院・理事長・院長・勤務
        医、そして国・埼玉県。
1982年5月  『乱診乱療』(晩聲社)発行
同年10月   サンフランシスコ国際産婦人科学会で被害者同盟医師団が報告
1983年8月  傷害罪告訴が全て不起訴処分になる。
1984年2月  「薬害・医療被害をなくすための厚生省交渉実行委員会」発足、参加
同月      「女のからだと医療を考える会」発足、参加
1986年4月  『所沢発なんじゃかんじゃ通信』の発行開始
1999年6月   民事裁判第一審判決(東京地裁)。「およそ医療とは言えない、
        犯罪的行為」と認定。富士見病院側に全面勝訴も、国・埼
        玉県には敗訴
2004年7月   勤務医らの上告が棄却となり勝訴判決が確定
2005年3月   厚労省が元院長に医師免許取消処分。勤務医たちも医業停止
         等の処分に。
2010年6月   『富士見産婦人科病院事件 私たちの30年のたたかい』(一
         葉社)発行  

山川菊栄賞のページへ
http://www5f.biglobe.ne.jp/~rounou/yamakawakikue.htm

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