前回のレポートでは、曽我中執の『社会新報』論文などにより、当時の党指導部が理論委員会の学者グループの説にしたがって、国家独占資本主義論を放棄して「過程社会主義論」(現実の資本主義の過程が社会主義だという説)を採り、また公明党綱領に通じるように、「人間尊重・ヒューマニズム=社会主義」という定義をしたことが報告された。そういう変化は、党指導部が「政権が近い」ことを強く意識した結果であった。どこの国の左翼政権も、政権が近づくと言うことも現実的になるものである。
先ごろ当選したフランス大統領も、自分は社会主義者だと名乗っているが、資本主義の制度を根本的に変えるような政策は出していない。自分と閣僚の報酬を大幅に削り、教員の増員、労働者の賃上げを主張しているのは立派だが、それは社会主義ではない。しかし、まず国民に好感をもたれるような改革をして、支持率を上げてからじっくり改革に取り組もうというのは、理解できる。
当時の社会党指導部も、同じようなことを考えて、政権構想、政策をより現実的にしていこうと考えていたのだろうが、残念ながら支持率は上がらなかった。マスコミも理解を示さなかった。まだ冷戦中であったので、社会主義的な要素をもった構想には、拒否反応が強かったのである。
政策変更に反対する方の陣営も、そのあたりの理解はパラパラで、対応がいくつにも分かれてしまったのだが、続回大会では付帯決議を付けるという対応で統一された。そのときの努力は、後に社会党の分解が進む過程で、出来るだけ組織を維持する力として生きた。
現在は、政権からは遠いので、もろもろの経過、問題点を総点検して、次の時期に備えることが大事だと思われる。そういう討論をしておけば、必ず役に立つときはくるということを期待しつつ。
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