2012年3月27日火曜日
2011年度山川菊栄賞
●授賞式報告
3月24日(土)、午前中は昨年を思い出させる雨模様でしたが、午後からは青空が広がるなかで、第31回山川菊栄記念婦人問題研究奨励金の贈呈式がありました。対象者は大橋史恵さん、著書は『現代中国の移住家事労働者―農村・都市関係と再生産労働のジェンダー・ポリティックス』でした。
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大橋さんは団塊第2世代の若き研究者である。東京外大で中国語を習得され、大学院で中国地域研究を始めるが、ジェンダーの視点を取り入れたいとお茶大に転校。2005年9月から1年間北京の清華大に留学し、北京に生きる農村出身女性たちにインタビューを試みた。外国人のインタビューはとても困難だったようだ。外部の人間がどうまとめるかに2年間思い悩んだ後まとめられた博士論文とその後の研究2編も加えての本書である。
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記念スピーチは、「北京からフェミニズムを再考する」というテーマで行われました。大橋さんは、2年前から山川菊栄賞第24回受賞作である『黄土の村の性暴力―ダーニャンたちの戦争は終わらない』を書いたメンバーたちの活動に協力していると言います。WAM(女たちの戦争と平和資料館―第21回特別賞対象関係者が設立)のつくったパネルを展示する活動ですが、最初は大学の構内から始まり少しずつ外に広がっているなかにジェンダーの視点の広がりを感じるそうです。1995年世界女性年北京会議で打ち出された「ジェンダー平等」は中国国内ではなかなか浸透しなかったが、この17年間には大きな社会変革が起き、そのなかでジェンダーの視点が広がってきている様子を語られました。
著書の内容には触れられませんでしたが、大都市の女性は「家政サービス」を受けることで働きつづけ、農村女性は生き残りをかけて都市への「移住家事労働」に従事するようになったなかで、双方が目覚め始めている実態が描かれているので、そうした社会変化の一環としての、ジェンダー視点の広がりに希望を持ち、お話しいただいたのかなと受け止めました。
スピーチの前に井上輝子さんが選考対象作品の紹介をされたが、大橋秀子さんの『金子喜一とジョセフィン・コンガー―社会主義フェミニズムの先駆的試み』の説明に私は「思い入れがあるなあ」と感じていたら、結びが「今日の受賞者大橋史恵さんのお母さまです」となったので参加者一同もちょっとした興奮状態になったことを付け加えておきたいと思います。(資料室会員 中村ひろ子)
●推薦のことば
加納実紀代
かつて人民中国は女性解放の先進国だった。人民公社の共同食堂や託児所によって再生産労働から解放され、いきいきと生産労働で働く女性の姿が伝えられ、文革時代にはスローガン「女性は天の半分を支える」が日本の女性の羨望を誘った。しかし80年代、「改革・開放」とともに聞こえてきたのは「婦女回家」、「女は家庭に帰れ」だった。いったいどうなっているのか? 女性たちはそれをどう受け止めているのか?
大橋さんのこの本は、「改革・開放」からグローバル化経済への接合という大変動期における再生産労働再編を大きなスケールで描き出しており、この疑問に十分に答えてくれる。超大国中国は国内に都市と農村という「南北問題」を抱えているが、大橋さんは北京の移動家事労働者に着目することから、「婦女回家」という再生産労働の再編は、女性だけでなく農村というもう一つの労働力の<貯水池>を巻き込みつつなされていることを発見する。そこには都市女性の「婦女回家」回避の願いと、都市への移動に「生き残り」をかける農村女性の切実な思いがある。両者は家事労働者リクルートの<回路>によってつながれるが、それは都市女性による農村女性収奪の<回路>でもある。しかし農村女性たちはたんにそれに回収される客体ではない。<回路>を利用しつつそれをすり抜ける行為体でもある。大橋さんはそうした動きを<水路>というオリジナルな言葉でとらえ、彼女たちのオーラルヒストリーを位置づけている。
こうした成果を生み出した背景には、10年以上にわたる緻密な理論研究とフィールドワークの積み重ねがあり、マクロ、メゾ、ミクロの水準における分析の重層的組み合わせがある。それを可能にしたのは、まずは硬直した二項対立的視点ではなく、有機的相互的に物事を見るジェンダー分析の基本姿勢だろう。しかしそれ以上に大きいのは移動家事労働者に対する共感ではないか。大橋さんにとって彼女たちは、単なる他国の研究対象ではなく、日本の高度成長期に地方から都市に移動した母世代と二重写しになる。あとがきによれば、フェミニスト仲間でもある母上とはそうした会話がかわされたという。その意味ではこの本は中国の現在であるだけでなく過去の日本を照射するものでもある。さらにいえば、いっそうの少子化で移動家事労働者増大が予想されるが、その<回路>において日本の女性たちが収奪者にならないためにはどうあればいいだろうか。そうした未来を考える上でも意味を持つ。
とは言うものの、あまりにもこの本は大部であり、内容も値段も高すぎる。この研究成果を踏まえ、ぜひとも一般読者にも読みやすい形での刊行を望みたい。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~rounou/yamakawakikue.htm
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